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2014年10月

2014年10月28日 (火)

NO! NEW YORK

LASTGIGS で2回も演奏された曲。一番最後に演奏された曲。ヒムロックが不朽の名作と紹介したこの曲は彼らにとって思い入れが深い曲なのは確かですが、わたしはそれほど好きではありません。

ライブによってエンディングのギターソロがとても美しい時があるので、それは好きなんですが。 例えばこれ↓

あと、ヒムロックと布袋さんが笑い合っている微笑ましい動画も。2:05あたりをご覧ください。ギターソロ中気が付くと後ろにヒムロックが(笑) 

ただ、物語としての魅力を持っているBOOWYですから、ライブでのステージアクトやエピソード等、見どころは色々と探すことができて、そこが面白いんですよ。 たまたま氷室ファンの方のブログを読んでいたら、ラストギグス最後のNO.NYについて、こんなことが書かれていました。

ギターソロの前で氷室はしゃがんでギターの真似をして、布袋のいる方を見るが、 布袋は氷室から一番遠い場所で弾いてた・・・

まるで今の2人の未来を予想するかのように氷室と布袋との距離を感じたシーンだった。 本当に終わりなんだなと思わせたシーンだった。 すでに別々の方向を見てるんだなって思わせるシーンだった・・・
布袋は氷室を避けていたのか?いや、決して氷室を避けてたわけではないだろう・・・
最後だという運命が布袋をあの場所に導いたのだろう。
LAST GIGSでなければ、布袋はあの時の氷室に気が付いたはず。 しかし布袋は気が付かなかった・・・
気が付かなかったのもまた運命・・・
そう、それはLASTが導いた運命だったのかも知れない。
え、そんなシーンあったっけ?と思って見返してみました。というか、いつもNO!NEW YORKは飛ばしていたんですから気づくハズもないんですが(^_^;)

見てみたら、確かにその通りでした。
1991年の月刊カドカワで氷室はBOOWY時代のライブについてこう語っています。
リハーサルはほとんどみんな動かないで、どう音をまとめていくか? その部分に集中してる。だから客のエネルギーに呼応して自分の身体が自然に動けばそのままだしさ。もしも二回ヴィデオ回したら違う動きが出てくると思う。ほんとは立ち位置が決まっていてとかいろいろあるわけですよ、エンターテイメントを見せるためには。BOφWY の時は一貫して決めたことはなしだし、何かが起ころうとそれはよしとするというのは暗黙の了解であったから。ずっとやってくれてた照明の人なんかは " どう動くかわからない分、逆にやりがいがあるし、逆に自分もそのライブに参加している意識が余計に高まる " って言ってたよね。
あの時の氷室はギターを弾く布袋の横でいつもの絡みをするつもりだったんだろうなあと思うと、残された氷室が少し寂しげで胸が痛くなります。

本来、布袋さんは一緒にステージに立つ相手が自分に何を求めているかに敏感な人だと思います。 これまでの数々のBOOWYのライブでは、ヒムロックといつも息の合った絡みをしていました。氷室が述べているように、事前の打ち合わせなしだとしたら、本当に驚異的とも言えるステージングだったと思います。

LASTGIGSではこの方も指摘しているとおり、布袋はわざと避けたわけではなく、あの特別なステージの最後の曲で、ステージ上の仲間よりも、客席の方へ意識が向かってしまったのでしょう。

それでもなお最後の最後だけに、残酷なワンシーンのように思えます。
YOUTUBEにアップされている動画は未発表版ですので、製品版とはカメラワークが違います。上のシーンを確認するには製品版「LAST GIGS COMPLETE」を見たほうがわかりやすいと思います。
「アイツを愛したら星になるだけさ」

2014年10月26日 (日)

ビート感を探し続けて

先週、放送されたWOWOWで「氷室さんが再結成は絶対にしない」発言をしたと聞いて実はけっこう気持ち沈んでました(^_^;)

わたしはWOWOW加入してませんし、直接見たわけじゃないんですけどね。
で、ネットでどんな発言してたか探してみたんですが、こんなこと言ってたんですね。

「あいかわらず、BOOWYのビート感がその自分の中では認めたくないんですが、もしかしたら自然に気持ちがイイスタイルになっちゃったのかもしれないですね。氷室京介のビート感はBOOWYのビート感だったのかもしれないですね。


だから、それと同じような別のシェイクなんですけどそれと同じような刺激っていうか探し続けてるっていう所はあるかもしれないですね。ビートに関してはね


だからと言って、絶対再結成なんてしないですけど。」

再結成しないって発言ばかり注目されちゃってますけど、前段の部分にヒムロックのBOOWYに対する思い、再結成しない理由が表現されていると思いました。

1991年頃の月刊カドカワでファーストアルバムを作っているときのことについて語っている内容と同じなんですよ。

「ただアレンジだよね。アレンジは布袋がイニシアティブをとってきたから、スパッと判断を下せなかった。ソロのレコーディングをしている時に、新しい空間から受ける刺激ももちろんあるんだけど、身体が欲しがっちゃうこともあってね、特にビート系の曲は。そこでの苦しさはあった。」  

「ビートに関しては、何ていうかドラッグを断ち切るような感じはあったかもね。偉そうなんだけど、上手くなくてもオーラを発しているビートってあるんだよ。それを身体が求めちゃうのは、これはツライよね。理屈じゃないわけだから。」

さらっと語ってるように見えますけど「ドラッグを絶つ」という表現を使ってるあたり、我々が想像する以上にそれはつらいことだったのかもしれないとも思います。

だからいつぞやBOOWYについて「人から言われなきゃ忘れてる存在」ってヒムロックが言ったとき、なんだか冷たいなあなんて思ったけど、そういう境地に至ることは、ある意味ヒムロックにとっては到達点だったのかなあと。

ドラッグを断ち切るには、ドラッグに近寄らないのが一番ですから、これまで共演がなかったのかもしれません。そしてドラッグを断ち切り、ソロとしての音楽を模索してきたのに、再結成してしまっては、今まで何のために努力してきたのかってことになるということでしょうか。

昨年出版された氷室ぴあには、こんな言葉あったそうです。

自分が築き上げてきた歴史を最後のフィニッシュで汚すのは絶対に嫌なんです。最後までやせ我慢していたい。それが俺の大きな目標であり、ひいては応援してくれている連中に対する最低限、最高の恩返しになる

「やせ我慢」とは具体的には何を我慢しているのか。様々な心の誘惑。その中には、「再結成」も含まれていると、個人的には感じるんです。氷室は自分の中に再結成してみたい、もう一度4人で作るビートを浴びるほど感じたいという気持ちがが少なからずあることを自覚しているんではないでしょうか。

こんなことを書くと、氷室はBOOWYなんかにそんな執着してないよと言う人もいると思いますが、布袋さんの言葉を借りれば、「両極端で裏腹な両面を持っている」のが氷室京介という人なんじゃないかと感じるんです。

もしかすると、布袋さんの発言っていうのは、ヒムロックにとって「あいつは最後の最後までルースレスな男だなあ」といったところなのかもしれません。

布袋さんは「彼(ヒムロック)がいなかったら今の自分はない」と時折言うけれど、「それは氷室氏にとっても同じじゃないか」とわたしなどは思うんですが、ヒムロックにとっての布袋さんっていうのは感謝の対象というよりはむしろ自分を大いに苦しめた存在なのかもしれないな・・・とか思ったり。それはたぶん憎しみというよりは、BOOWYの中に大きな喜びがあり、そこに自分の全てをかけていたからこそ。

布袋さんとヒムロックの認識の違いが埋まることは今後一生ないのかもしれません。

どちらの認識が正しいとか、間違っているとかではないと今は思います。

****

インタビューなどを読むと時々陰鬱な気分になってしまうのですが、プロのインタビュアーではなく、同じミュージシャンの後輩などに対しては、けっこう「バンドって良いよね」的なことも言ってたりもして、ヒムロックにとってのBOOWYは、けっこう複雑なものがある気がします。

2011年のチャリティMCで「昨日後半の方には俺も脳みそとろけちゃってさ、 言わなきゃいけないことも言えなくなっちゃったもんで。」って発言あったんですが、ヒムロックにとってBOOWYの曲を歌うことは、単純に気持ちいいという側面はありますよね。

ちなみに、ビート系以外も好きみたいですしね?

比較的BOOWYっていうバンドは、みんなビート系のバンドだと思ってるヤツらが多いけど、俺はけっこうバラードとか、ちょっとしっとりしたメロウな曲がけっこう好きだったりするんで

それにしても、「探し続けてる」ってMISSING PIECEの歌詞じゃんって思ったりしました。いやソロの曲については解釈しませんが。

以上、わたりなりの再結成についての見解でした。
気分を害された方いたら申し訳ありません(^_^;)あくまでも個人的な推測なので、お許しを。

2014年10月21日 (火)

サレンダー

気持ちが落ち込んだときは、この曲が聴きたくなりますなあ。

今はちょっとそんな感じなのです。あえて理由は書きませんが(^_^;)

春に目覚めた花も 優しくそよぐ風も

空に歌う小鳥も きらめく月明かりも

この胸に突き刺さる 孤独という嵐を

かき消せはしないだろう 

かき消せはしないだろう

このPV、色んな恰好の布袋さんが出てきて、なんかちょっと笑えてしまうんですが、暖かく見守りたくなるっていうか。和製プリンス岡村靖幸を見ている時の気持ちに似ているっていうか(^_^;)
個人的にはピアノ弾いてる布袋さんが好きだな(ギタリストなのに・・・ごめんなさい
やっぱり、ライブバージョンの方がカッコいいかな。ギターソロが素敵だし。
ところで、「サレンダー」とは、どういう意味でしょうか。
色々な意味があるみたいですが、辞書を見て、この歌詞に一番あてはまると思ったのは、「絶望を受け入れること」でした。
だって、何物をも自分の孤独をかき消すことはないという歌ですものね。
それでいて、どこか優しい歌だったりもする。この歌詞は、好きだな。
破天荒で好き勝手に生きているように見えて、心の底に深い孤独と絶望を抱えながら生きているのかもしれないな・・・なんて思ったりします。
過去にとても悲しい、不幸な体験をした人には 「絶望を受け入れる」ということの意味がきっとわかるんじゃないかなと思います。

2014年10月18日 (土)

WAIT FOR ME

「わがままジュリエット」については、以前にも記事に書きましたが、この曲のギターソロについて考えていた時に、布袋さんが以前ツイッターで

「わがままジュリエットのギターはホール&オーツの「WAIT FOR ME」からインスパイアされたんですよ」と語っていたというのを発見しました。

それで聴いてみたんですが、それほど似てるとは思いませんでしたが、すごくいい曲で頭の中リピートしまくりです(^^)

切なくなるような良いギターなんですけど、わがままジュリエットの方がもっと咽び泣くような、切ない情感がありますね。

むしろ、「僕を待っていて」という歌詞が、わがままジュリエットの歌詞へのアンサーのようにも思えて(これは単なる妄想で根拠ゼロですが)。

しかし改めて考えてみると、なぜ「ジュリエット」なんでしょうね?「ロミオとジュリエット」は愛し合いながら結ばれない2人のお話なんですよね。

2014年10月13日 (月)

LONGER THAN FOREVER

-僕はこれ、「ONLY YOU」その後って気がするんですけど・・・。

氷室 その後というか、とにかく今回のラブ・ソングは全部「ONLY YOU」の 延長線上にあるかナって気はするけど―。

アルバム「サイコパス」発表後のインタビューより。

サイコパスというアルバムは、はじめてリアルタイムで聴いたBOOWYのアルバムだったんですが、この曲はこのアルバムの中でも人気の高い曲だったと記憶しています。
「ロンガザンフォーエバーいいよね~」「一番好き~」なんて声をよく聞ききました。 ヒムロックも2011年チャリティのMCで「BOOWYのバラードの中で一番好きな曲」って紹介してたみたいです。

この曲については、小学生の頃からわたしにはずっと疑問に思っていることがあって。この曲は始まりの曲(プロポーズ)なのか終わりの曲(別れの歌)なのかということです。

一般的にはプロポーズみたいにとらえるのが普通なのかな?
今まで傷つけるようなことばかりしてきたから、笑うかもしれないけど今夜こそ本気だぜ。こんな俺を待っててくれてありがとう。これからはずっと永遠に君を愛し続けるよと。

でも、わたしにはなぜか別れの曲のように思えていて。例えば「転がるグラスがウソの数だけ」とか所々引っかかるフレーズがあり。それは特に別れを匂わす言葉ではないんですけど、あのいつもの「重ね合った嘘」のパターンか?って思われるフシを感じさせたり。 メロディー的には暖かい感じのミディアムバラードなんですが、ちょっと最後らへんの声の響きが切ない感じにも聞こえて。歌詞にしてもプロポーズにしては一方的な愛情表明みたいに思いません?相手がその言葉にどう応えるかなんてどうでも良く、あくまで自分は永遠に愛してるんだということを一方的に言ってる感じ。

僕は君と別れることになるけれど、これからもずっと君のことは好きだからね。今までつきあってくれて、どうもありがとう。今夜最後にもう一度だけ抱かせてよって感じに思えたんですよ。最後なんて言葉はどこにもないんですがね。

で今年になって解散宣言ライブ「1224」を見て、「今の俺たちとお前たちの関係にピッタリなんじゃないかと思うヤツ」って紹介しているのを見て、やっぱり別れソングだよね?と思ったんですよ。 この曲は解散を見越して、ファンに向けて作ったのかな~とも思いますしね。抱かれるっていうのはライブの隠語として使ってるという意味合い。

一方的な別れで申し訳ないけど黙って俺たちの歌を聴いてくれみたいな。お前たちファンには感謝してるし、ずっと愛し続けてるからって。 嘘と言えば、解散については最後まで秘密にしつつ、ファンに嘘つかなきゃいけなかった部分もありましたよね。

あとはやっぱりメンバーへのメッセージもあるだろうなあ。

1224で「I love you」って歌う時、布袋さんに向かい合ってるシーンがあるんですよ。あと、ラストギグスで「thank you for waiting」って歌う時、右後ろ振り返ってるヒムロックがいるんですよ。

BOOWY - LONGER THAN FOREVER 投稿者 utadalove

それにしても永遠に愛してるってだけでも強い言葉なのに、永遠よりももっと長くというのは、これは相当に強い思いですよ?なかなか洒落た表現だよねって感じでサラッと聞き流して良いのか。

あと「今夜キメたから」のキメたってどういう意味?カタカナ書きだから、お洒落する・格好つけるって意味なら、プロポーズのためとか、わたしの解釈なら解散ライブのために俺たちキメてきたぜって取り方もできるけど、普通に決意するって意味もあると思うんですよ。
「別れること」と「別れても永遠にずっと愛し続けること」を決めたという。まさに1224とラストギグスのために作られた曲。終わりの歌でもあり始まりの歌でもある。
つまりこれは、BOOWYとそのファンに捧げた永遠のバンド愛ソングなのかもしれない。
ああ、やっぱり無理があるのかなあ(^_^;)こんな解釈やっぱ少数派かあ?


言葉は所詮言葉でしかない。
あの時、そう思ったことは真実であっても、今でもそう思ってるなんて言うことはできない。
ただ、今もこの歌が一番好きって言ってるヒムロックはきっとBOOWYのことを愛し続けていると勝手に思っているわたしです。
もちろん、愛は言葉ではなく、行動で示さなきゃ絵空事だとも思いますけどね。

2014年10月10日 (金)

ファンキーパンキーツアー

なんか、BOOWYの歌詞について、まだまだたくさん書き溜めている記事はあるんだけど、なんだか気持ちが暗くなってきちゃったから一時中断(^_^;)

不仲説はずっと信じてないけど、ここ数年のヒムロックのインタビューとか見るとやっぱり共演はないのかな~とか思い始めちゃって、もちろんそれはヒムロックの判断ですから構わないんだけど(本音としては見たいけど)、布袋さんがネットであれこれ言われちゃってるの読むのはつらくてさ(;ω;) 

布袋さんの思いはよくわかるんだけど、「もう何も言わないで~」って思っちゃったりしてさ。

人のことなのに、自分のことみたいに落ち込んじゃったりしてる自分もなんだかな~って感じで(^_^;)

そんなわけで気持ちが明るくなる動画を。

2007年ごろのファンキーパンキーツアーっていうのがあって、錚々たるメンバーでやってたの。アコースティックな感じなんだけど、すごく良いですわ。

音楽って楽しむものですよね~(・∀・) あれこれ考えたって意味がない(^-^;

スリルとかポイズンがいつもとは違った楽しみ方できます。

それほど、ジュディマリって今まで聴いてこなかったけど、TAKUYA君ってカッコいいなあ(*^-^)

2014年10月 4日 (土)

DREAMIN'

布袋さんの作詞はあまり好きじゃないと書きましたが、BOOWY時代の2曲は良いと思ってます。 特に、解散宣言の後には、「Dreamin'」以上の曲はなかったんじゃないでしょうか。
解散にはいろんな側面があったと思いますが、布袋さんの夢のためにって部分もあったんじゃないでしょうか。

メッセージ性の強い曲と言えるかもしれませんが、メッセージと言うより、俺はただ夢を見てるだけ、誰のためでもなく俺自身のためにっていうクールさが、BOOWYらしい。
BOOWYの歌詞はほとんど氷室が書いているけど、当然ながら氷室=BOOWYではない。こういう氷室が書きそうもない歌詞でも、やっぱりBOOWYらしいってことになるのだなあと思います。

氷室と布袋、それぞれソロになってBOOWYの曲をやっているけど、布袋がやるBOOWYの方が、不思議とBOOWYらしかったりする。BOOWY時代とソロを比べたとき、その距離は氷室の方が遠い。誰しもBOOWYの顔は氷室だったと認めるところでありながら。

氷室は夢ってそんなに重要視してない気がします。歌詞にはよく出てきますが、「愛と夢」いつもセットになっているんですよね。甘美で幻想的な印象もあります。

87年8月のBEAT CHILDで氷室はこの曲の前に言っています。

「えー、いつもDreamin'っていう歌があって、その歌をやる時に 夢を見ているやつらに贈りますって言うんだけど、 最近、俺も27になって、メンバーもそろそろ大人になってきて、色々考えることとかあって、自分の夢っていったい何なんだろうって歌を歌っているわりに、つい最近そういうことを改めて考えたりすると、未だに正直言って何が夢なのかハッキリ言ってわかりません。多分みんなも同じだと思います。だから知ってたら一緒に歌ってください。DREAMIN'」

布袋さんはいつも夢、夢って言っている印象。
どちらに共感するかと言われれば、わたしは氷室派なんですけどね。

「幸せの女神は勇者に味方する」なんて本も読みましたが、布袋さんの夢ってけっこう具体的な夢なんですよね。目標と言っても良い。今はロイヤル・アルバート・ホール で演奏するのが夢と言ってます。

ひとつの目標を達成したら次のステップへ進んでいこうとするのが、布袋らしさだし、全盛期に解散を選ぶという、ある意味ロックンロール的な美学を体現している部分なんですよね。だから布袋的な人生観がBOOWYを伝説にした部分は大きい。

BOOWYについて、昔から不思議に思っていたこと。パチパチという雑誌の記事を引用してみる。

87年12月24日 彼らは解散することを宣言した。ラスト・コンサートを4月に残して。もちろん、いつかはこうなることを知っていた。いや、覚悟していた。ちょうど『インスタント・ラブ』がリリースされた直後、彼らにインタビューした時に、4人が異口同音に言っていたことを思い出す。

「俺達の夢は日本一になることとか、武道館でやることとか、そんな具体的な形じゃない。もちろんそういうことも含まれるけど、俺達はBOOWYというバンドで、やれるだけのことをやりたい。やれるだけのことをやったら、その瞬間にでもBOOWYは解散すると思うよ」
そして、その時が来たのだ。やれるだけのこと-彼らは数え切れないほど、やれるだけのことをやって来たと思う。それは武道館をライブ・ハウスに塗り変えてみたり、ロック・バンドの極限と思える音を創り出してみたり、前代未聞のセールスを記録してみたり、まだそんな表面上のものだけでなくても・・・・。
「俺達はあくまで音楽集団としての、この4人なんだ。生きるも死ぬも一緒・・・・的な、お前達とじゃなきゃバンドは組めない的な人達っているけど、俺達はそんなのじゃない。4人がそれぞれバラバラに、同じものや違うものに心が惹かれて、その中の重なりあう部分が、今この4人を結びつけてるんだと思うよ」
メンバーを代表して言った布袋の言葉。その時は少し冷たいような気もしたが、一人一人がミュージシャンなんだという立場に立って考えてみると、それは当り前のことだし、逆にそれこそが一番純粋な在り方のような気がする。 

四人が異口同音にやれることをやったら、解散みたいなことを言っていたというのだが、そんなことを言いながら活動しているバンドって一体何なんだろうか?
解散の話しもまたその話し?というくらいにしょっちゅう出ていたと。だからそれが不仲ってことじゃないかと疑問に思う人も多いだろうけど、単純にそういうことでもないらしい。 わたしには、そういうバンドの雰囲気が全く想像つかないのである。

あくまでも音楽集団。お金のない時代から様々な苦楽を共にしてきたメンバーに強い絆は当然あっただろうが、あえてそう言い切るところが布袋らしさで、むしろそうあるべきと思っていたのだろう。

集団は構成員の性格を反映したものになるのは当然だが、布袋の持つそういう、ある種独特の雰囲気が他のメンバーにもそう言わせていたんじゃないかと思うのだ。

CLOUDY HEARTが氷室を象徴する曲なら、DREAMIN'は布袋を象徴する曲である。BOOWY解散の陰と陽を示す曲でもあると言えるかもしれない。
今更気づいたけれど、「BOOWY」というサードアルバムのラストとトップを飾る曲だったりもするんですよね。
2011年2月1日、布袋がCLOUDY HEARTを演奏してファンを驚かせた日から11日後、ツアーの最終日を迎えていた氷室がなぜか、トリプルアンコールでDREAMIN'を歌ってファンを驚かせたという。 それは、間違いなく互いへのリスペクトを示し合あうものであったろう。
OH Yeh I'm only Dreamin'
I'm only Dreamin'for me
下は、熱心なファンが布袋の武道館でのライブと、氷室の東京ドームでのライブを合成したもの。最後は2人ともFOR YOUでしめてますね。

2014年10月 3日 (金)

いきなりフライデーナイト

なんだかここら辺の歌詞について書いてると気分が暗くなってしまうので、息抜きがてら楽しい動画を見てみましょう。

これは86年5月頃、いきなりフライデーナイトという番組に初めて出演したときの。

この頃のヒムロックと布袋さん、仲が良くて微笑ましいんだよなあ。なんか寄り添ってる感じあるもん。好きだわあ(*^.^*) 思うんだけど、布袋さんってボディタッチ多いよね。

当時のインタビューとかトークとか、この2人必ずと言っていいほど、隣同士に座ってるんですよね☆この時もヒムロックが先頭に来て奥に座り、布袋さんが最後に入ってくるけど、ちゃんと横あいてるもんね。

Ronj87022

あと、ステージで絡む2人も良いけど、ステージの外でのツーショットも好き。

なんか不思議な関係って感じがします。これらの雑誌は持ってませんが、ネットで拾いました。

Ronj87023

20130312095139

氷室→布袋「俺と布袋の関係ていうのは、ライバルでもなければ恋人でもないし

兄弟でもない。でも極めてそれに近いものだね。限りなく近い。

だから、俺と布袋の関係には不純物は入れたくない。

俺と布袋でなきゃ成し得ない関係でBOOWYは成り立ってると思うから。

でも、皆が思ってるよりも、俺と布袋はもっと上の関係なんじゃないかな(笑)」

布袋→氷室「二人とも個性的だから、ぶつかりあうこともある。

でも、今は、お互い相手を理解した上で、近づいたり離れたりってスタンスを

とり合ってると思う。激しい気性の持ち主であることは確かなんだけど、

根本的には優しい男だよね。ヒムロックは。

俺はどこかで、彼の「おりこうな」弟役をやってるのかなって思うときもあるんだけど、どうでしょう?(笑)」

松井「テレビはタコな質問とヤラセの応酬。イヤになるのも当然でしょう」

高橋「ギターを弾きたいと思うこともあるけど、オレはたいこを叩くようになってる」

  パチパチ87年4月号より

季節が君だけを変える

サイコパスの一番最後を飾る曲であり、ラストシングル。
元BOOWYのディレクター子安さんは
「最期のオリジナル・アルバムがこの「MEMORY」からそして「季節が君だけを変える」につながり終わっていくと言うのはものすごい「ストーリー」であり、このアルバムがそしてBOØWYそのものが人々の「記憶」に残っていく重要な要素であったと確信する。」
と言っています。
布袋さんがヒムロックに唯一書き直しを求めた曲として有名です。
「もっと深い俺たちの関係を書いてほしい」それでもってこのタイトル。意味深ですよね。

このタイトル見て、布袋さんははたして何を思ったやら。

しかし、タイトル以外の歌詞の意味は分かりづらいですよね。わたしなりの解釈を書いてみましょう。

ガラスの中の退屈な街 踊りつかれた 今夜バレリーナ
じゃあ もう お別れのキスをしておくれ 雨のヴェールで隠れてるうちに
いつも テンダネス だけど ロンリネス ガラス細工のフィーリング

一行目から断念しそうですが・・・。ガラスの中の退屈な街って何でしょう。レコーディングスタジオのガラス張りのブースを想像したりしましたが、わかりません。

二行目はわかったよ、さっさとお別れのキスでもして別れようって感じですか。ちょっと投げやりになりつつ。「雨のベールで隠れてるうちに」というのは、MEMORYと似た感じで、別れるなら今しかない、それを過ぎたらまた別れられなくなるかもってつらさも隠しきれない。

いつもサヨナラを言えないままに 2人ワザと遠回りしたネ
BABY 気分が白い夜には 抱き合うだけで全てを変えられた

サヨナラ=解散じゃないでしょうか。 あと「遠回り」については、BOOWY時代のラジオを聴いていて、思うところがありました。

―昔とか色々あったでしょう。
氷室:あったよ。すごいもう何かさ、普通に考えると馬鹿な道ばっかり選んでるわけよ。賢くやろうと思ったら、もっと賢くできるわけよ。それをさあ、みんな変に意固地になってすごい悪い道ばっかり選んでるから。やっぱ遠い道のりだよね。
―遠くても確かな道のりだったんだろうね。 
氷室:変に音楽雑誌とかにのっかってポーンと出た奴らと絶対違うって自信が自分たちが一番持ってるから


新宿ロフト創設者の平野悠氏は、ロフト時代を振り返るツイートでこうつぶやいている。

ことあるごとに解散解散と言い合いながら、あえて困難な道を選びつつ歩いてきたのは、メンバーでまだ一緒にいたいという気持ちがあったからではなかったか。
抱き合うっていうのはライブを示す隠語だと思います。当時よく氷室は「ライブでやってる時ってのはさ、男女関係なく、ひとりひとりが自分の彼女だと思ってる。 自分の女を抱いてる時と同じぐらいの真剣さで喜ばせようと思ってやってる。」なんて言ってたりしてたので。
ステージの外では喧嘩したり、気分が白けるようなことがあっても、ステージではいつもひとつになれていたと。一緒に幾度も奇跡を起こしてきたということでしょう。
この2行にBOOWYの歴史が凝縮されているような気がして味わい深いです。


いつも テンダネス だけど ロンリネス ガラス細工のフィーリング

優しくしてくれたけど、孤独も感じさせたってことでしょうか。

いつも ハッピネス だけど ルースレス ガラス細工のフィーリング

今回、これを書くに当たって、「ルースレス(ruthless)」の意味をしらべたら、これって「残酷な」って意味だったんですね。初めて知りました。久美子さんの本を読んだときに感じた布袋さんの残酷さに、ここでもぶち当たってしまいました(^_^;) 一緒にいるといつも幸せだったけど、残酷でもあったということでしょうか。なんかわかります。


季節が君だけを変える 馬鹿だネ マヌケなピエロ
季節が君だけを変える ただ一人立ちつくすだけサ


あとはもう自分を「馬鹿だね、まぬけなピエロ」だと自嘲気味になってます。
君「だけ」を変えるっていうのは、自分は変わってないということでもあります。 なんだか、責めてるような印象を受けるかもしれませんが、「君」を変えたのは「季節」ですから、誰が悪いとも言ってないんですよね。
むしろ、人が成長して変わっていくのは自然の流れでしかたのないことだと。
そういえば、「君」って言い方って、LIAR GIRLとMEMORYにも出てきましたけど、BOOWYの曲でサイコパス以外にありましたっけ?
ちなみに氷室ソロの「LOVER'S DAY」には、「君」「遠回り」「季節」「抱き合う」ってこの曲と共通の言葉が出てくるので、続編的な曲かな?って思ったことがあります。ソロ時代の曲までは解釈しませんが。

話を元に戻しますが、MEMORYやこの曲を聴いて、「ヒムロックは解散したくなかった。布袋が解散したいと言ったから仕方なく解散した」と結論づけるのは違うと思うんですよね。 解散したくない気持ち一辺倒であれば、当然ながら解散しないと思うんです。

布袋の氷室評を引用するなら、氷室は相反する両極端な部分を持っている人。BOOWYの解散についてインタビューで答えているようなコメントが嘘であるとか強がりといかいうんじゃなく、ある意味では本当にそう思ってるんだと思うんです。
でも、もう一方の部分もしっかりと表現しておきたかったんじゃないでしょうか。裏腹な二面性を抱えてる氷室だからこそ。

歌詞に未練がましさや弱さを感じる人もいるかもしれませんが、曲の中にこうやって自分の内面をさらけ出しつつも楽曲として昇華させることのできるところに作詞能力の高さを感じます。

一方の布袋さんは内面の弱さの部分はあまり歌詞には出さない人だと思います。 「さらば青春の光」はBOOWYのことを歌っている歌のようですが、「全ては明日の夢に導かれた物語」と繰り返しています。格好いい歌詞です。やはり、綺麗にまとめすぎているような気がしますが、あえて弱さを見せないことこそが布袋さんの美学なのでしょう。

それから、やっぱりギタリストですから、思いは言葉じゃなく、ギターで伝えるものなんでしょうね。

2014年10月 2日 (木)

MEMORY

BOOWYのラブソングの多くは氷室から布袋へのメッセージを含んでいるとわたしは思っている。
しかし誤解のないように言っておきたいのだけれど、あくまでも男女の形に置き換えて歌っているだけであって、何も氷室が布袋に同性愛的な恋愛感情を抱いていたとかそんなことを言っているわけではないことをご理解いただきたい。

MEMORYという曲を初めて聴いたときは、ちょっと今までの氷室の書くラブソングとは毛色が違うという印象をもった。切なくて良い曲と思いつつ、違和感があった。なんか体の関係ありきのパターンと違う。また三角関係というのも今までにない設定である。

これはまるで高校生のようなプラトニックでストイックな片思いの歌である。 一方、彼女は彼の腕の中に眠るような関係である。この歌詞の主人公は彼女のことを好きだとは言えなかったし、彼女もそんな彼の気持ちを「何も知らない」。伝えることもなしにそっと自分はこの街を出て行こう。誰も傷つかないためにというような曲である。


当時はこの曲に出てくる3人の関係性がイマイチわからなかったが、これはまさしく氷室と布袋、山下久美子の関係と言えないだろうか。

ヒムロックが久美子さんのこと実は好きだったって話しじゃないですよ。念のため(^_^;)


ここで3人の歴史を見てみよう。
久美子さんの本によればレコーディングで初めて布袋さんと出会ったのが85年の夏、ほどなく同棲、12月にはプロポーズとまさに急展開である。

布袋は12月24日の渋谷公会堂で結婚することをファンに報告。 翌年1月に結婚式を挙げるのだが、12月27日からアルバムJUSTAHEROのトラックダウンのためにベルリンへ行くのに山下久美子も同行している。ちなみにこれはレコーディング(音入れ)ではないため、メンバーの中では布袋と氷室しか行っていなかったようだ。

新年をベルリンで迎えることになったため、氷室は山下の作ったお雑煮をごちそうになったりしている。 そんなわけで3人はけっこう仲良くやっていたのではないかと思われる。

都有3号地のライブ後に氷室と山下が一緒にラジオをやったりもしている。楽しげな雰囲気です→ 前編 →後編

(読んでないけど)高橋まことの本によれば、ビートエモーションツアー後のオフの時期、布袋が山下のライブに松井や高橋を誘ったことで、2人の関係に亀裂が生じ、解散時期を早める一因ともなったようだ。

親友が結婚することを寂しく思う気持ちは誰にでも経験がある感情だと思う。3人にとってより事態が複雑だったのは、そこに音楽活動がもろに絡んでしまったことだ。

氷室は山下の人柄も好きだったと思うし、盟友である布袋の結婚を祝福してやりたかったのだと思う。布袋が決してBOOWYをないがしろにしていたわけではなく、愛していたこともわかっていた。しかし妻との音楽活動にのめり込んでいく姿を素直に応援できない苦しさがあったんじゃないだろうか。

わがままジュリエットの時期にはまだギタリストとして山下久美子の作品に参加していただけだったが、1986年からは山下が詞を書き、布袋が曲を書き、共同で曲を作りはじめるようになっていた。 ツアーにも参加し始めた。怒りと言うよりはむしろ寂しさの方が強かったんだと思うけど、それが言えなかったっていうことなんだろう。

布袋が結婚をファンに報告した日の2年後、全く同じ場所、同じ日にBOOWYが解散宣言するのは、偶然というにはあまりにも因縁めいた話である。

ただ、山下久美子がボウイ解散の原因だったなどとは言いたくない。

「今なら暗闇が心まで隠してくれる」。お互いを好きだからこそ、美しいMEMORY(思い出)を傷つけたくないからこそ、自分はこの場所を離れると歌っているのだから。

BOOWYは不仲が原因で解散したと言われることほど、彼らにとって残酷なことはないんじゃないだろうか。

2014年10月 1日 (水)

わがままジュリエット

あるインタビュー記事をひとつ見つけた。
おそらくソロになってからライブでBOOWY曲をやった時期にそのことについて聞かれたもの。
―今のヒムロックにとっては例えBOφWYの曲をやっていても、
それに対して迷いなく俺の曲だって言い切る自信があるってこと?
氷室 うん、そう。特に“わがままジュリエット”って、すごく思い出が
あるんだよ。あの曲を作った時っていうのが、ちょうど布袋が久美ちゃんと
つきあいだした頃でさ。それまでBOφWYってずっと布袋がアレンジしてたのに、
急に次は久美ちゃんのアルバムで忙しいからって勝手にデモ・テープ作って、
って言いだして。それがすごく悔しくて、でもその頃楽器なんて全然もって
ないしさ。貯金全部はたいて楽器買って。それで一番最初にできたのが
“わがままジュリエット”なんだ。
布袋さんらしい勝手ぶりに何だか笑ってしまいますが、その試み自体は大成功だったんじゃないでしょうか。
元BOOWYディレクター、子安次郎氏は「デモ・テープは氷室のほぼ弾き語りによるものであり(このデモ段階ではまだ歌詞はついていなかったが)、試聴をしながら「鳥肌」がたったものである。」と語っている。悔しさをバネに結果を出したヒムロック、さすがです。
この曲は「JUST A HERO」に収録されているが、先行シングルとしてアルバム発売の1ヶ月前に発売された。
結果としてこの曲はヒットし、BOOWY人気に火が着くきっかけとなる。後から考えればボウイのヒットのきっかけにして、氷室ソロへの布石、解散へと続く導火線に火をつけた運命的な一曲ではなかっただろうか。
もしかすると、それまで氷室作曲の曲であっても2人でデモを作ってきたが、もう氷室1人でも大丈夫だろうと思っていたからこそ布袋も任せたのかもしれない。
この一連の出来事は氷室の音楽的な成長を示すものであって、歓迎すべき出来事であり、否定すべき要素はないのだが、周囲から絶賛されればされるほど、氷室としては複雑な思いがあったんじゃないだろうか。これは結成時から続いた布袋と氷室の共同作業のひとつが途切れたことを意味していたから。
氷室にとって大きな自信となったのは間違いはないのだが、もう一方の寂しい気持ちがこの歌詞に現れているような気がする。
一見言葉と言葉のつながりが意味不明な歌詞にも思えるが、一つ一つの言葉に氷室やその周辺にしかわからないような具体的な意味がしっかりと込められているような気がする。
FRIDAY NIGHTも、RAINY DAYも、その頃の状況をはっきりと差し示しているのではだろうか。
「離ればなれ」「裏切り」という言葉も、「アンニュイ」な曲作りの状況を示しているのではないか。結成当初、こたつの上にレコーダーを2台並べて、くしゃみの音が入って可笑しかったなんてエピソードもあった。そんな「笑い声が思い出に変わる」悲しみ。たとえ、それが1人のミュージシャンとして自立してくために必要なことであったとしても。
ラジオで氷室から見て布袋ってどんなやつ?と聞かれて、
布袋ってすごくさ、子供みたいなんだよね、俺から見ると。ある意味でもちろん俺もわがままなんだけど、一番やっぱりわがままなんじゃないかな。でもそのわがままがさ、嫌味じゃないんだよ、すごく。嫌味なわがままってあるじゃんか、なんかさ。

なんて答えてます。ラジオはちょうどビートエモーションレコーディングの頃。当時はわがままといいつつも、容認している部分もあったと思われる。
同じラジオの中で布袋さんは氷室さんのことを

両面をね、極端に持ってる人だと思うんですよね。すごい強いのと裏腹にすごい弱かったりとか、すごい明るいのと裏腹に暗かったりとか。そういうなんていうか、人間誰もが持ってる二面性っていうか、表裏っていう事じゃなくてね。その二面性がなんかすごいハッキリしている人間だと思うんですよね。だから非常に難しいし、コツを掴めば簡単だ、みたいな。
でもね、けっこう寂しがり屋だからね。
なんて言ってます。
ちなみに発売されたのが、2月1日なんですね。先行シングルとしてのタイミングもあっただろうけど、ちょうど良いから布袋の誕生日にしちゃえってところもあったんじゃないかと。
まあアレンジ含めて氷室の曲でありながら、ギターソロがすごく良い曲でもあります。一緒にデモテープ作れなかった分布袋さんも頑張ったんでしょうか(^^)
そういうところが憎めない部分なのでしょう。
ライブではいつもアレンジして気合い入れて弾いてくれてます。ある意味じゃ、やっぱり2人の共作と言えるでしょう。
泣き顔でスマイル すり切れてシャイン 踊るならレイン ピントはずれのわがままジュリエット
1224でもラストギグスでも演奏された人気曲なのに、2011年のチャリティではやらなかった。
やっぱりこの曲は布袋さんのギターってヒムロックは思ったんじゃないでしょうか。
氷室はソロになってからまたこの曲をリテイクしているが、付け加えられた英語の歌詞については、よく聞き取れず、検索しても人それぞれバラバラのようで、解釈を断念。

おそらくこの曲に込められた意味がわかるんじゃないだろうかって思うんですがね。誰かわかったら教えてください(^_^;)

CLOUDY HEART(氷室ソロバージョン)

「CASE OF HIMURO」は2003年の作品である。解散から15年の時が経っていた。
この中でボウイ時代の3曲がリテイクされている。CLOUDY HEARTもその1つである。
ヒムロックのソロはあまり追いかけなかったわたしなので、それを知ったのは今年になってからだが、ピアノバージョンとなったと聞いたとき、ギターを排除することで、氷室自身が作詞作曲をしているこの曲から布袋色を消そうとしているのかなと思った。
しかし付け加えられた歌詞に驚愕してしまった。

この曲は、氷室自身が話したMCが何度もあり、「大きなビートの木の下で」にも記載がある以上、公式には、ヒロミのことを歌った曲なのだろう。
布袋と氷室の関係を歌ったものという「もう1つ」の見方があることは前回触れたが、あくまでも不確かなものである。「周りの奴らが勝手に言ってるだけ」と一蹴されても仕方がないし、そう言ってしまえる権利を作詞者である氷室は持っているのだ。
それが、付け加えられたこの歌詞によって、「もう1つ」の意味の方がより強調されたような気がするのだ。
これは、明らかにあのボウイ解散宣言をする1224での出来事、氷室が布袋を見て、布袋が氷室から背を背ける、あの瞬間のことを歌っていると思った。ギターの不在はそれを際立たせる。
ただし、それは布袋への思いというよりはむしろ、ボウイ解散をした頃の自分自身を振り返って歌っているようでもある。
痛みに絡まる純情
愛も凍えるようなエンディング
SO MAMY 溢れ出すMEMORYにNEVER SAY GOOD BYE
以上はあくまで個人的な勝手な解釈だが、あるインタビューを読んで自分の中にこの解釈がすとんと落ちてきたとき、震えるほどの衝撃を受けた。
曲を聴きながら、思わず大粒の涙が流れた。あまりにも痛々しく、悲しすぎる。この歌を歌うヒムロックの気持ちを思うとつらい。あるステージでヒムロックも泣いて歌えなくなり、今後このバージョンは封印してしまったらしいです。
>あの日(1224)の事を聞かせてください。
 実際には「解散」という言葉を使いませんでしたね。
氷室: 解散って言葉を使うと泣いちゃいそうだったからね・・・。
   まぁ、それは嘘かな(苦笑)。
  「解散」て言葉の響きがなんかカッコ悪くて嫌だったんだよ。
  そんなに大意はないよ。
  言いたかったのはようするに、終わりました。
  やるべきことは全部やりましたってことだったしね。
>あの日の心境はどんなものでしたか?
氷室 : 正直なところあんまり覚えてないんだよね。
   ただ、俺もけっこうセンチメンタルなところがあるから、
   そっちへ行ってしまわないようにって考えてたみたい。
   ライブそのものは久しぶりに最初から最後までキレてたしね。
>ふと、あの日(1224)がよみがえったりします?
氷室 : それはないね。
   終わったことだし、今はこれからのことばかり考えているし。
   たぶん、この先一息つくような時期には
   思い出したりするのかもしれないけど。

CLOUDY HEART(シングルバージョン)

CLOUDY HEARTは前回触れたようにヒロミとのことを歌った曲でありながら、氷室と布袋の関係を示した曲だとも言われる。エピソードをいくつか紹介しよう。 「季節が君だけを変える」の歌詞を書き直させる際に布袋は氷室に言ったという。「もっと深い俺たちの関係を書いてほしい」と。歌詞を変えたのは、この曲が初めてで最後だった。

氷室からは、そういう歌詞にするんだったらカップリングは「CLOUDY HEART」にして欲しいと提案があった。

当時のことについて、ある雑誌の記事を引用してみよう。

後日、彼らの最後のシングルとなった「季節が君だけを変える」について話していた時、マネージャーが打ちあけてくれた。

「あのB面に”クラウディ・ハート”が入ってるでしょ。リミックス・バージョンでけっこうコーラス入れとか凝ったんだけど・・・。その時にね、あの歌が今となってはBOOWYのメンバーそれぞれが、他のメンバーに贈る歌、みたいな気がして・・・。特に氷室と布袋の声が、お互いに、俺達は今別れて行くけど、おカラダだけはどうぞ大事に。何をするにでも、いつも一緒だったね、俺にはお前が、お前には俺がいたんだよねっていう歌詞が、あの二人の会話のような気がして、もう涙が止まらなくなってね・・・。レコーディングの最中に何回もトイレに逃げ込んで、涙をふいてたんですよ」

さすがに私も胸がしめつけられた。返す言葉も見当たらなかった。彼らとつき合った、この5年間の様々なシーンが脳裏を駆け巡った。

結果的にもこの録音作業こそがBOØWYのラスト・レコーディングとなったそうだ。

BOOWY   CLOUDY HEART 投稿者 ayase

1224でのこの曲はあまりに切なく、美しい。

BOOWYの「SINGLES」という映像作品でもこの曲はラストにあって、ロフト時代からの様々なBOOWYの活動の軌跡を追憶しながら流れている。 スタッフもファンもこの曲は2人のことだと思わずにはいられなかった。

ここで氷室と布袋の歴史を振り返ってみよう。

ヒロミと別れた氷室はRCサクセションのライブを見て、一大奮起し、スピニッジパワーを辞めてもう一度やり直そうと決意する。
布袋に電話をかけてバンドに誘う。BOOWYの歴史はそこから始まる。
氷室の家で曲作りの日々が始まる。 それは彼女がいなくなった後の空白を埋めるのには十分なほどのエキサイティングな日々だったのだろう。
その頃布袋は福生に住んでいたから、離れた原宿の氷室の家に泊まることもあっただろう。お金のない時代食べ物を分け合うようにしていたことも「大きなビートの木の下で」には書いてある。のちに、布袋は近くに引っ越してくるようになるようだが、兄弟のように密接に過ごした時代は短期間ではあっても、確かに存在していたと思う。

のちに氷室は語っている 「布袋(寅泰)って相棒がいることで、自分の中でボヤッとしてたものがポンと音になった。 大きかった。そうなってくると、逆に売れるとか売れないとか、レコードをリリースするしないは どうでもよくなって。ライブハウスでやってる瞬間の自分が好きだった。 だからレコード会社を転々としても、しのげたかな。つらいことはなかった。」

CLOUDY HEARTの対象が同棲していた彼女(ヒロミ)であり、布袋のことでもあるというのは、決して矛盾するものではなく、ある種の自然な流れのように思える。

「いつも一緒 何をするにでも2人だった」という関係は、彼女よりもむしろ布袋の方がふさわしくも思える。女性は仕事の部分までは共有できないものであり、音楽活動こそ彼らにとって生活の全てであっただろうから。

そして時は流れ、共に戦い苦楽を共にしてきた布袋が解散の口火を切ることになる。

2011年2月、布袋が30周年記念で突然この曲を弾きだし、会場を驚かせた。BOOWY時代の曲でも氷室作曲の曲だけはやるはずがないと皆思っていたから。

そしてこの出来事には後日談があるのだが、それはまた別の機会に。

「この曲は俺は歌わないよ」

CLOUDY HEART(アルバムバージョン)

CLOUDY HEARTには3つの音源がある。
①アルバム「BOOWY」に収録されたもの
②シングル「季節が君だけを変える」のカップリングとして収録されたもの
③ヒムロックがソロになってから「CASE OF HIMURO」でリテイクしたもの
この曲は、BOOWYの曲のなかでも人気の高い重要な曲なので記事も3つに分けて紹介したい(濃いね~) 解説では敬称略シマス。
まず、第1回目はアルバムバージョン編
この曲は初期の頃から「ロックンロール」等と呼ばれて演奏されてきたという。現在の歌詞、アレンジになったのは、四国をハイエースで回っていた車の中だとまこっちゃんが言ってます。時期は83~84年の夏とのこと。
CLOUDYHEARTには、有名なMCがある。85年6月の渋谷公会堂。
「みんなアツいか?アツいね!2階のヤツもよく見えてるか?俺が18の時に東京に出てきて、今じゃこんなBO0WYなんて、カッコつけてバンドやってるけど、昔みんなくらいの年の頃に、俺が18の時に、17歳の女の子が学校辞めてついて来ちゃったヤツがいて。んで二人で14,500円くらいのボロッちいアパート借りてね。で、一緒に暮らしたんだけど。まあ、俺は見ての通り、アルバイトとかも3日も続かなくって。パチンコ屋務めれば台は壊しちゃうし、警備員のバイトやれば車を全然関係ない所に誘導してぶつけちゃったりしてね。全然バイトが続かなくって・・・。彼女にずっと食わしてもらったりするようなコトやってたんだけど・・・。早い話が、まぁヒモみたいなモノだけどね。拍手くるとこじゃないぜ(笑)!でもね。まあ、ママゴトだけど、とっても、今考えてもイカしたママゴトだったと思います。で、結局、最終的に彼女は他に男作って、俺のところから逃げて行ったんだけど。・・・おかげで凄くイカしたラヴ・ソングが一曲できてね。だから、この歌はお父さんやお母さんの言うことをよく聞いてるヤツラじゃなくって、多少、イカレた連中の為だけに贈るラヴ・ソングです。CLOUDY HEART・・・」

MC聴いてから、この曲聴くとじ~んときますね。この彼女は「大きなビートの木の下で」によれば、ヒロミという女性である。氷室をもう一度音楽へ奮起させるとなるRCサクセションのチケットをくれた彼女である。
自分に惚れ込んで、高校を中退してまでついてきた女
スピニッジパワーで行き詰まり、鬱屈としていた自分を精神的にも経済的にも支えてくれた女
しかし、最終的にはRCのチケットを彼に残して彼の元を去って行く・・・
それは1つの大きな恋愛だったのだろう。例えば、welcome to twilight B・BLUEなんかも同じ彼女のことを歌った歌のように思える。
BOOWY時代のラブソングは、一緒にいた頃は、傷つけてばかり、嘘を重ねあっていたけど、別れてから幸せだったことに気づくというパターンが多いですね。

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