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2016年7月14日 (木)

B-BLUE

前回も書きましたが、氷室京介のLAST GIGSの全体のセットリストを見て、思うところを書いてみたいと思います。

ラストの曲が、まさかのB-BLUEでしたよね。

何か始まりを感じさせる曲だと感じた方も多かったようで、その解釈も間違ってはいないと思います。
この曲は、5番目のアルバム「BEAT EMOTION」のトップを飾る曲で、そのツアーでもオープニングナンバーとして選ばれていました。
不器用な愛で いつも傷つけあってたね
抱き合っていたけど 違う明日を見つめてた
あと、もちろんご存知のとおり、BOØWYのLAST GIGSでもオープニングを飾りました。
そもそも、LAST GIGSのセットリストというのは、直前のサイコパスツアーよりも、そのひとつ前のビートエモーションのツアーのセットリストが下敷きになっているようなところがありますよね。

そもそもDreamin'という曲についても、もともとはサードアルバムのトップを飾る曲であり、その後のボーイズビーアンビシャスツアーのオープニングナンバーであったという経緯もありました(全ライブではありませんが、少なくともツアー最終日ではそうでした)。
サイコパスツアーで、このDreamin'がラストになったのは、メンバーそれぞれが夢に向かって進んでいくという新たな始まりを示したかったのだと思います。
なので、B-BLUEというある意味、オープニングのイメージの強い曲をラストに選んだのは、
サポートメンバーのDAITA氏によれば、本来予定になかったとのことですが、確信犯的にヒムロックの中であえて本編から外し、残していた可能性があると個人的には感じています。今回のツアーの中で、この曲をやらなかったのは、福岡公演と東京の2日目だけですが、体調不良さえなければ、当初のセットリストの中には入っていたことも後にわかりました。
ところで、このステージ活動最後の大事なライブが オープニングのDreamin' から始まり、ラストのB-BLUE で終わる。
果たして、これで良かったのだろうかと思う人もいるのではないでしょうか。
今回のツアーではラストはNO.NY、THE SUN ALSO RISES、SUMMER GAME と移り変わっていました。 
最終日のラスト曲が何になるかと考えたとき、わたしの予想はNO.NYでした。
ラストの曲はBOØWY曲になるのではないかと考えていました。しかし、まさかB-BLUEになるとは思いも寄りませんでした。
やはり、ヒムロックはわたしの予想の上をいく男でした(^^;)
Dreamin' でも NO.NY でもなく――
30年前に氷室と布袋の二人で作ったこの曲を、最後のステージに連れてきてくれた。
そんな風にも感じました。
様々なミュージシャンに影響を与え、日本の音楽シーンを塗り替えた曲。
そしてこの曲の成功が、BOØWYを解散へと導いたともいえる曲。


でも、ある意味では、なんて愚かなことだろう。
最後の大切なライブでたくさんのBOØWY曲を歌い、トップにもラストにもBOØWY曲を据えたことは、ある意味、口さがない連中から、結局BOØWYを超えられなかったと揶揄されるような危険をあえて、冒してまで示したかったこと。
それは、心の中に秘めた氷室のBOØWYに対する変わらぬ愛だと感じました。

そう、LONGER THAN FOREVER で彼は永遠よりも長く愛すると誓ってくれたんです。
決して、それを忘れてはいなかったんです。
彼の音楽人生をかけて、示したかった事こそ、その愛だったと思うのです。

 

俺が元BOØWYのヴォーカリストだってことで、一番幸せだと思うのは、
自分が本当に実力以上に頑張らないと絶対に超えられない障害物が常に目の前にあったことだよね。
実際には大した力がなくてもね、そこにがむしゃらに向かっていくことで、
実力以上の力が発揮できるというか、そういう場面がすごくたくさんあったと思うしね。

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コメント

実は、この曲、えるぜりさんのこのブログを読むまで、あまり思い入れがなく、何となく聞いているだけの曲でした(^-^;

改めてこの歌詞をじっくりと読んで、色々と考えていました
そして、なぜ氷室さんはこの曲を自身のLASTに持ってきたのかも、考えてみました(-"-)

最初は、多くの人が言っていたように、終わりに持ってきた曲だけれども、終わりではなく始まりを現す為だったのかな?とも思っていました
でもそれなら、「Dreamin’」のがしっくりきそうだし、他にも氷室さんのソロ曲にもそういう曲はあるのではないのか?と考えると、ちょっと違う気もするんですよね…(;´・ω・)

気になったのは、DAITAさんの予定に無かった、との一言…
元々の大枠のリストにも無かったのか、そこには入っていたけど、セットリストの選定には入ってなかったのかは分かりませんが、予定に無かった曲を自身のラストギグの最後の曲に持ってきた意味って、相当な事がないとやらないんじゃないのかなぁと…(´・ω・`)

そんな事を考えながら、色々と調べていくうちに、この曲を独自に解釈されている方の記事を読みました
それを読んでいくうちに、この曲を最後に持ってきたのは「誰か」に対する謝罪だったんじゃないのか?と思うようになりました

元々この曲は、近しい誰かの変化を気づいてあげる事ができなかった、という後悔とも読み取れる歌詞だと思うんですよね、もちろん個人的な解釈なんですが…
そんなこの曲を自身のキャリアの最後を飾る曲として持ってきたのは、その「誰か」に対する「ごめんね」を伝えたかったんじゃないのか?と思うようになりました

そしてその「誰か」とは、自身のそのラストギグを見に来ている「彼」…

「やぶれた翼」は氷室さんの事だと思っていたのですが、「俺」が「やぶってしまった翼」ではないのか?
「やぶってしまったけど、もう一度翔んで欲しい」「こわしてしまった心だけれども、もう一度笑って欲しい、俺の代わりにみんなの為に…」

そんな私なりのいつもの(笑)勝手な解釈を付けてみました(*´ω`)
えるぜりさんの言うように、本当に氷室さんは心底BOOWYを(多分彼の事も)愛していたんでしょうね(^^♪

余談ですが、1224でのこの曲の途中で、歌詞に合わせてポケットに手を入れてパタパタさせている所があるんですが、とても可愛くて(笑)大好きな場面です( *´艸`)

香歌さん

ヒムロックのラストギグス、ドームツアー7公演のうち5公演ではやってるんですよね。
やらなかったのは福岡と東京2日目だけで。
人気のある曲だし、やる予定がなかったという方が不自然な感じがしてしまうんですよね。
もちろん、DAITAさんが嘘を言ってるわけではなくて、最終日のセットリストとして渡された曲目の中には入ってなかったということだと思うんですが。

「一番最後の曲に何を歌うか」ということには注目が集まっていましたし、最後の最後まで悩んでいたと思うんですが、悩みぬいた末に出した結論は重みがあったがゆえに、バンドメンバーにさえ直前まで明かさなかったんじゃないかな?と思ったりします。

会場でこの曲を聴く布袋さんの姿を思い浮かべると、ドラマチックなシーンだなと感じます。

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