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2017年3月22日 (水)

B・E・L・I・E・V・E

日本語は主語が省略されることが多くて、時に自分のことを語っているのか、相手のことを語っているのか、曖昧なことがあります。

この「B・E・L・I・E・V・E」の歌詞もそんな感じで、「うつむく事しかできないで、疲れ切ってたあの日 ぬくもりにも優しさにも背中を向けていた」のはいったいどちらなのでしょうか?

両方の解釈が可能だと思うんです。
仮に自分自身だとしてみましょう。

自分は、何か打ちひしがれるような、悲しくつらいことがあって、心身ともに疲れ切り、うつむくことしかできない。
どこに向けて良いのかわからない苛立ちを抱えている。
相手の差し伸べてくれる暖かい手や優しい言葉にも、つい背を向けて、一人になろうとしてしまう。
以前、ロックンロールサーカスのある会場の音源をyoutubeで聴いていたとき、
「素直になりたくても素直になれない奴らのために作った曲」
と紹介していたのを聞いたことがあります。
慰めてくれようとする相手の気持ちは十分わかっているのに、素直になれずに、逆に棘のある言葉を投げかけてしまったりすること、特に若い頃にはあるかもしれません。
そんな自分を、心配そうに陰から見守ってくれている相手に、
心配しないで、君の気持ちや愛はわかっているから…と歌っているのかもしれません。
あるいは、相手のことを歌っていると仮定してみます。
つらい悲しみに打ちひしがれた相手は、自分が手を差し伸べても、振り払い、優しい言葉をかけようとしても、棘のあるような言葉を返してくる。
そんな相手の態度に苛立ち、途方に暮れてしまうけれど、そんな相手の心にも、素直になれないだけで、本当は愛があることを信じているよと、そういう歌なのかもしれません。

 

ひとつだけ主語がはっきりしている箇所があって、それは「DON'T WORRY, CAN'T YOU HEAR ME? 
なので、次に続くこの部分は、自分の言葉ということになるでしょう。

BELIEVE,YOUR MIND,BABY

BELIEVE,YOUR LOVE,BABY
   

ですから、この部分もおそらくは I が省略されていると考えられるんですが、コンマをわざわざ入れているあたり、ここでも自他の区別をあえて意図的に曖昧にしているような感じがしないでもないです。
素直になれないのは、自分も相手も同じであって、お互いにすれ違い、うまくいかなくなっている状況なのかもしれません。それでも、いじけるのは終わりにして、明日から始めるさ…お互いの心を、愛を信じよう、そういう祈りを込めた曲なのかもしれません。
BABY と呼びかける相手への思い、愛しさが伝わってくるような、とても素敵なバラードです。
何といっても、ヒムロックが感極まって泣いているかのようにも思えるCase of BOØWYのテイクが最高ですね。

BOØWYの曲をヒムロックがソロでやるときに、BOØWYとソロでどう違うかを比べてみると、分かりやすいのは、こういうシンプルな構成の曲かもしれません。

BOØWYの場合は、ヒムロックが歌っている時に常にギターの音がはっきりと鳴っています。鐘の音のように響くメロディが、常に鳴っていても、決して歌を邪魔することはありません。歌に寄りそい、支えています。

そして、ギターソロに向かって、高まっていく部分が気持ちを高揚させます。

 

 

 

 

ちなみに、この曲、たまにスティービーワンダーのI Just Called To Say I Love You のパクリとか言う人がいたりしますけど(^^;)、そういうこと言う人は何にも分かっとらんなーと思います。

ソロでの演奏は、サックスを入れたりして、BEAT EMOTIONに収録されているオリジナルの演奏を忠実に再現していますね。

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コメント

この曲に違和感を感じたのは、記事にもある「CASE~」での時でした
私は、これを初めて見た時に、「泣いてる」と思いましたし、今でも泣いていると思っています(;´・ω・)
だからこそ、この歌詞を調べて、なぜ氷室さんは泣いてしまったのか?この曲には一体何があるのか?などを調べていくうちに、このブログに辿り着いた、という次第でした(;^ω^)

「CASE~」でのこの曲の最後、暗転して氷室さんの顔が見えなくなる直前、氷室さんがちょっと特徴のある?表情をするのですが、口を少しとがらせて、何か感情を押し殺しているような顔を…(-"-)
この顔をどこか別のライブで見たなぁと思っていて色々見直してみたら、何度か見せてるのですが、一番ハッキリ出していたのが、1224での『Dreamin’』、最初のサビの部分で布袋さんにマイクを差し出していて、隣でそれを聞いている氷室さんの表情でした(-"-)

これと同じ表情を「CASE~」のこの曲の最後に見せたという事は、やはり氷室さんなりに、何か感じて、またこの曲への思い入れとして何かがあったのだと感じましたね( ;∀;)

この曲を作詞した時と「CASE~」で歌った時とで、えるぜりさんが解釈してくれた主語の部分が、氷室さんの中で変わったのではないかと思っています
作詞した時の主語はI(氷室さん)で、「CASE~」の時はYou(布袋さんへ向けてという私なりの解釈です)で歌ったのではないのかと…( ノД`)

解散という決定事項に対して納得しないながらも、その決定を無理矢理?受け入れようと、覚悟を決めなければ、という氷室さんの葛藤を表現するかのような曲だからこそ、氷室さんは感極まってしまったんだと思っています(´;ω;`)

余談ですが、今回色んなDVD見直した中で、新たに「LAST GIGUS」で今まで気づかなかった氷室さんと布袋さんの表情を2か所発見して、一喜一憂してました(^-^;
これだから、BOOWYは止められません(笑)(≧▽≦)

香歌さん

この曲がきっかけで、当ブログを知ってくれて嬉しいです(*^^*)

どこで読んだか忘れたのですが、まこっちゃんが、BOØWY時代に布袋さんがお酒に酔っぱらって、荒れて暴言を吐いたときに、馬鹿野郎とたしなめたことがあったと書いていたことがあって、この曲を聴くと、そんなエピソードを思い出したりするんですよね。
どんどんバンドが大きくなる中で複雑な感情が芽生えてきて、メンバー間の関係が少しずつギクシャクしだした頃。
ヒムロックはそんな布袋さんをみて悲しかったと思うし、一方のヒムロックも気の強いところもあり、お互いに素直になれない状況もあったのかな…とか。あえて主語を明確にしないことの意味がそこにあるのかなと。

それでも、明日からまた新しい気持ちでやっていこうよ、そんな祈りにも似た気持ち、相手への愛しさを感じるんですよね。
ヒムロックのヴォーカルからそれがすごく伝わってくるし、ドラムの盛り上がりからギターソロに至る部分とかすごく感情的に揺さぶられる名曲で大好きです(*^^*) 

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